日本一の兵(つわもの)・幸村こと真田信繁の生涯①~上田編

真田信繁は、古くから「幸村」の名で講談などを通じて多くの日本人に人気のあった戦国武将です。 戦国大名のように広大な領国を有したわけでもなく、歴史を動かすような大勝利を挙げた訳ではありませんが、戦国時代の終わりを彩る大坂の陣において劣勢の中、徳川勢に一泡吹かせたことで後世に語り継がれるようになりました。 時代劇でも多く取り上げられており、1985年にはNHK新大型時代劇「真田太平記…

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大名への返り咲きを目指し大坂に散った長宗我部盛親の生涯

長宗我部盛親は、大阪の陣で豊臣方に参じた有力武将の中でも、後世の知名度こそ真田信繁(幸村)などに劣るものの、当時としてはかなりのネームバリューのある人物でした。 一時は四国平定をほぼ達成したこともある土佐の名門の長宗我部家の当主として関ヶ原の戦いで一敗地にまみれて改易の憂き目にあい、雪辱を期して豊臣方として臨んだ大坂の陣でも敗れた非業の人物ではありますが、徳川方を苦しめた武将として未だ…

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真田信繁をも凌ぐ名将・毛利勝永の大坂の陣での活躍

豊臣家の存亡をかけた大坂の陣において豊臣方として徳川勢に一泡吹かせた武将として真っ先に名前があがるのは、何といっても真田信繁(幸村)ですが、実際には彼よりも活躍した武将が存在しました。 毛利勝永として知られるその武将は、関ヶ原の戦いに敗れて浪人生活を送ったのちに、豊臣方の招きに応じる形で参陣し、長宗我部盛親、後藤又兵衛、明石全登、真田信繁と並んで五人衆と呼ばれる獅子奮迅の働きを見せます…

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